スーファミのような音だ・・・。いや下手するとファミコンかも。曲自体もゲームのBGMに聞こえてくる。
ポジティブアプローチによる「強み」発見。
200万人のサンプルをベースにした科学的アプローチで
精神論や経験論に裏打ちされた分類法とは一線を画す◎
ただし、新品購入しないと意味がない本なので、注意が必要。
購入者はGallup社が用意したweb診断を受ける事が出来るがアカウントが必要である。
アカウントは本体カバー裏に記載されている認証キーがないと発行されない。
そして、一度受けたテストを再び実施する事は出来ない。
これらのことより、新品購入することが推奨される。
内容の骨子は、文字どおり日本のこれからの経営を論じる中で、
三枝さんがこれまで提唱してきた
「創って、作って、売る」のサイクルであったり、
経営者的人材育成の話であったりするので、
あまりに有名な三枝さん3部作を読んだ方にはさほど新鮮味はないかもしれない。
ただ、この本を通して垣間見える、
三枝氏の極めて謙虚な人間性と、
三枝氏の言葉の重みを感じられる点が個人的には興味深い。
学者と現場を戦い抜いた経営者との対話が、
結果としてそれらを際立たせているのかもしれない。
本書は2008年春に米国出版された『ソロスは警告する』に対して、その直後にグリーンスパンがこれをかなり意識して反論を含めて出版した、というのが真相ではないだろうか?(『ソロスは警告する』のなかで、ソロスは住宅バブルの責任をグリーンスパンに帰している。また、エコノミストとしてのグリーンスパンは尊敬しながらも、金融当局者としては市場原理主義や自由放任主義に偏っていたと批判している。)
一方、グリーンスパンは本書で本編(上下二巻)同様、市場主義経済や規制緩和による経済の効率性を掲げて基本的な信条は一歩も譲らない姿勢を見せると共に、今回の金融危機に始まる世界的な恐慌の様相に対しては、100年から50年に一度あるかないかの不可避な事態であるとの諦めや、ある種容認とも取れる考えを述べているように思う。また、その原因は市場関係者のリスク管理の甘さや、人間の構造的欠陥とし、極めて稀な事態に通常から備えておくことの経済的不合理性にも言及して過去を弁護している。(最近の米国議会の公聴会では判断の誤りを認めたと伝えられているが、本心なのかどうか?)
もっとも、後から結果だけを見て過去のグリーンスパンの行為の責任を追及するのはフェアではない。また、グリーンスパンの主張するようにショックを吸収する柔軟性と流動性を今後の組織に求める点は異論ないし、行き過ぎた規制強化の有害性も同意するが、果たして前代未聞の今回の危機が従来の延長線的な対応策で回避出来得るのかどうかは定かでない。今後はプレーヤーである市場関係者も、規制を行う当局側も、相応の学習効果を発揮すべきと思うが、当面する社会的危機に対しては、激痛を一時的に緩和するモルヒネ療法や、場合によっては緊急大手術が必要となってくる気がする。杞憂に終わることを願う。例、国際的なモラトリアム、住宅の一部国営化、私有権の制限、etc.
いずれにせよ、78歳のソロスは今回の危機は『ひとつの時代の終わり』と表現し、82歳のグリーンスパンは『危機解決後の世界は経済面で現在とは大きく違っている』と予想している。少なくとも現状からの大きな変化を予想している点は共通しており、そのような激動の時代をどう乗り切るか、世界の両巨頭の意見に我々は十分に耳を傾ける価値があるだろう。