昭和初年から敗戦後までの世相を鉄道を中心に描いている。半ば作家の半ばジャーナリストの目で描かれている。例えば通学駅だった府中駅が初めはガラガラだったのが、日中事変以後、朝のラッシュ時など大変な混雑振りに一変したことなど。事変以後は軍需に支えられた好景気でプレ高度成長期といってよいものだったのだ。旅行もブームで社会全体が活況を呈していた。当時戦争を止めていたら大不況になり、社会は大混乱に陥っただろう。当時としては珍しく息子の趣味に理解のある裕福な両親に恵まれた宮脇少年も比較的呑気に汽車旅行をしている。真珠湾以後も庶民の生活は逼迫しながらも日常性を保っている。ミッドウェイの大敗はすぐに中学生の間にも知れ渡ったが、この時期でも観光旅行客は多かったらしい。B29の空襲も初期は軍事工場等に限定されていた。これがルメイが司令官になったことで一変する。日本中の大小都市への無差別焼夷弾爆撃に変わるのだ。人間性も一変してしまう。将校等の低脳ぶり、権力を握って豹変する小市民(旅館の女将、米屋、農民。)憲兵の如き車掌など。汽車マニアの宮脇さんは日々狂気の度合いを深める世間に揉まれながらも、自己の趣味に没入することで、驚くほど動じない。汽車に対する偏愛=マニア=狂気が、戦争の狂気に巻き込まれることから防いでいるようだ。最も印象的な人物は父長吉だ。有名な「黙れ事件」以降、代議士の地位を失い、愛息は配属将校に苛められ....と鬱屈した日々を送るが、人間としての品位と良識、勇気、息子への愛情を失わない。車中で特等席に陣取る陸軍将校に向かって「近頃の軍人は増長しとる。」と、この日露戦争の英雄が一喝する場面は迫力がある。玉音放送も汽車旅行中の駅前で聴くことになる。さすがに茫然自失、時が止まったかのような衝撃を受けるが、正気付けてくれたのはこんな時でも時刻表通り走る汽車の響きだった。
乗る旅の方はいつもながらの軽妙な筆致で楽しく読ませる。読む旅は、殆ど知らなかった宮脇俊三氏の部分で、さすがに名編集長として慣らした人であったことをうかがわせる。最後の令嬢による父親像は愛読者としてはとても参考になった。
1991年にJTBから出た単行本の文庫化。 日本各地の小観光地をめぐった記録。熊野古道、親不知、五島列島などが取り上げられている。 汽車旅の専門家であるはずの著者だが、本書では必ずしも汽車にはこだわらず、飛行機やバスなども使っている。鉄道では行けないような場所を訪れる必要があったためらしいが、持ち味が消されてしまっているように感じた。 前半はそれでも宮脇氏らしさが出ている。目的地に着いたところで文章が終わってしまうのである。移動そのものが旅の目的であるということで、納得がいくような、納得できないような読後感を覚えた。