完読後、あ、そっち系のモンスターの話かぁ、と思った。私が学童で働いてた時のモンスターには別パターンがあった。クレーマーではないが、例えば自分はブルガリの時計をはめていながら、子どもには「お金がないから無理」と上履き一つノート一冊買ってやらない親、児童手当を自分の遊び代に充ててしまう親や、男と同棲しては子を産み、虐待し施設に放り込んでまた別の男と同棲・妊娠し、その子もまた虐待し施設に入れる、母を名乗る資格もない親、これはこれでクレーマー以上にタチ悪くて深刻なんだけど、そういう系のモンスターはこの本にはいなかった。この本のモンスターは教師には困り者だけど子への愛は(歪んだ愛でも)感じる親ばかりでまだ微笑ましいくらい。できたらクレーマー以外の、虐待型・責任感欠如型モンスターの対処法をも取り上げてほしかった。あと「聖職」と言われる職業の人がクレーマーのターゲットになりやすいとわかった。私は保育士や看護婦教師医者が「聖職者」と呼ばれるのはその職種から犯罪者が出た時かミスがあった時だけだと思ってる。「聖職にありながら、あるまじき・・」なんて。普段は保育士なんて、親も子どもも聖職だなんて思ってない、子守りか女中扱いな人多いのに〜。「聖職」という言葉を都合よく使うマスコミにも問題ありだと思う。
保育園でもモンスター・ペアレントが猛威をふるっており、毎回保護者会は、普通
の保護者も先生も冷や汗かきかきでやっています。何が起こるかわからない恐怖の
1時間です。
しかし、モンスター・ペアレントは自己主張しすぎですが、自己主張しない親ばか
りというのもどうかと思います。
十数年前は現在より、自己主張する親が少なく、学校にとっては平和だったでしょ
うが、政治的イデオロギーを子供に押し付け、洗脳をたくらむ教師や、アル中、二
日酔いの状態で、体中アザだらけ、千鳥足で教鞭をとる教師、小学生の作品が、大
人なみの完成度で完成されていないと言って罵声を浴びせる教師など少なからず存
在していました。どこの学校にも少なからず、こういう教師がいたものです。
そういった非常識な教師達がモンスター・ペアレントに批判されたかどうかは
わかりませんが、何もいえない親というのも、異常な学校教育を容認してしまう危
険があります。
(実際、私が子供の頃は、悪評判の高い教師が何年も何年も容認され続け、多くの
子供達の心を傷つけてきました。今、思い返してみると、あれでよくクレームがな
かったものだと呆れてしまいます。)
「モンスター・ペアレント」という言葉が流行語のようになっている現代ですが、
正当なクレームも「モンスター・ペアレントの要求だ。」なんて言われて
扱われてしまったら、それはそれで問題だと思います。
この手の本には、教師=善人、クレーマー=モンスターの図式が多いのですが、
子供にとって、親も毒になりますが、教師もまた毒になります。名著アリス・ミ
ラー「魂の殺人」もお勧めします。多くの問題の背景が見えてくると思います。
本書の大部分は、モンスターペアレントの
実態、エピソードをこれでもか、と
言わんばかりに紹介しています。
ワイドショーのネタ的に興味本位で
読まれることもあるでしょう。
しかし、これだけ大変な親と遭遇しなければ
ならない可能性のある先生への応援する
気持ちが芽生えるきっかけになるかもしれません。
モンスターペアレント達の暴走を止めるのは、
本書にあるとおり、「頑固オヤジ」でしょうか?
「バカなこと言ってるんじゃない!」と
配偶者の暴走を止めることはできるでしょうか?
また、多数派ではあるが、物言わぬ「普通の」
親達が、いかに団結して行動していくか、
ということも重要になってくると感じました。
私は教師が保護者を「モンスター」と呼ぶとき、親もまた教師が「モンスター」に見えると考えているので交流を大切にしてきた。しかし、この本の事例では度を超えたクレームが紹介されている。明日は我が身と言う言葉があるように読んで損は絶対にない本だと確信した。少子化、晩婚、保護者の高学歴化、格差社会、地域との人間関係の希薄化、夫婦問題etc.保護者の「はけ口の場所」が学校になっているように感じさせられた1冊である。
よかった!
二人の子持ち母である自分が読んで、すんなり納得、というかうなずいてしまう内容である。
最初の部分は、いろいろな「モンスターマザー」たちの紹介。私らしさを追求し、「お母さんらしくないお母さん」や、自分と子どもの幸せに全勢力を傾ける「お受験ママ」など、すぐに思いつくようなものから、実家に寄生する様に頼りきりな母親など、多様な子どもと母親が紹介されいる。
珠玉なのは、ラストの2章分。ここまでは、単純に「へー」とか、「面白い」とか、自分にも当てはまる部分があったりして、「あちゃー」などと思うだけだったが、15年間で延べ3000人の取材をしたというのがうなずける内容になっている。「モンスターマザーをうみだしたもの」、「母親に未来はあるか」。
これから子どもを持とうと思う人にも、今現在子育て中の人にも、全然関係のない人にも読んでもらいたい。
「母親は大変である」同感。「子育ては大変である」同感。「がんばりすぎないで、お母さん」同感。でも、「頑張らなくていい」わけじゃない。頑張っているから、頑張りすぎているから、手を抜くのも、たまには、羽目を外すのもOKであって、「しなくていい」わけじゃない。なんでもOKじゃない。
「母親は強い」、「母親なんだから」じゃない。最初は誰だって初めてで、弱くて、助けてほしいのだ。間違って、困って、辛くて。だんだん、育児に、母親であることに折り合いがついていくのだ。誰かの助けも欲しい。いきなり「母親」なんて無理なんだ。でも、いつまでも、そのままじゃいけない。少しずつでも、『母親』になっていこうよ。
そして、周りの人や行政は、そんな彼女達を野放しにすることなく、支え、励まし、助け、導いていかなくちゃ!
私流に略すとこんな風。周囲の人からすれば、私も「モンスターマザー」なのかもしれない、という自戒とともに、育児も手抜きもほどほどが一番、と思わされた一冊でした。
「親バカ」本は数あるけれど自らを「バカ親」と題する本は珍しいと手にした一冊。
著者自身が主催していたタレントスクールに現実に現れた「モンスターペアレンツ」、
それを「ただひどいおやがいるもんだ」と切り捨てるのは簡単だろう。
この本が面白いと感じたのはここからだ。
著者はモンスターペアレンツに対し、怒るでなく、あきれるでもなく
分析と解析をはじめてしまうのだ。
論理的に「モンスターの理屈」(世間では屁理屈)の展開を解説してくれる。
「モンスター」分析後の「分類」も見事だ。
読み進むうち「バカだ」「こんな親、自分には無縁」と思っていたのが
「いや・・・待てよ」とふとわが身を振りかえさせられる。
そんな自分の深淵を覗くハメに陥るのは
私自身に子があり、またバブルを享受し続けた「バカ親」であるせいだろうか?
福田ますみさんが書かれた「でっちあげ」と言う本があります。学校の教師を
殺人教師として、事件をでっちあげた内容が詳しく書いてあります。
「でっちあげ」に書かれている内容が、決して特殊な事でなく、いま日本の
教育の現場で毎日のように行われていることを感じさせてくれる一冊です。
親が教師にクレームを付けるときは、「三種の神器」(議員、人権および法曹
関係者、マスコミ関係者)をそろえて来るそうです。
教材費を払わない、給食費を払わない、修学旅行費を払わない親に対し
ては、子供を修学旅行に行かせない、教材を渡さない等の判断が必要に
なってきているような気がします。
修学旅行のお金を払わない事は、行かないこととしては何故いけないのか
真剣に議論する時期になったような気がします。
小中学校に子供を通わせている方は是非読んでください。
たとえば、虐待は近年増えているというふうに読み取れる部分とかあって、
部分的には惜しいんだけど(虐待で増えているのは「認知件数」です)、
タイトルがストレートで過激な割りに「最近の親はけしからん」ってな
論調になっていないのが好感触。
冒頭の虐待についてとかは、あまり本文に関係ないから、
これだけページを割く必要があったのかなとかは感じます。
取材対象はちょっと少なそうですね。
でもモンスターといわれるケースの内面に踏み込もうとしてたり、
モンスター化させる学校の対応や、
そうしないためにどうするべきかという所まで踏み込んでいるのは良かったです。
「模索」の段階でとまっているけど、ヒントとしては十分かと。
ちなみにこのテの本でよく出てくる「給食費未納」ですが、
学校事務員をしていた経験から、なんで近年問題が浮上したのか心当たりがあります。
理由は二つ。
ひとつは金利の低下。
以前は銀行に入れていると、支払いまでにはソコソコの利息がついたので、
未払いの分に補填できたらしいです。
もうひとつは会計報告。
昔はけっこードンブリ勘定だったのだけど、いまは一人当たりの教材費などを
きちんと計算して年度末に報告している学校が増えています。
なもんで、昔はあまった教材費を給食費に流用ってことが、まあ可能だったわけです。
昔も今も「ただ乗り」する家庭は若干はいました。
ただ、昔はなんとか補填できたけど、いまはそれが難しいから、問題が顕在化したんです。
しかし、このタイトルは何とかならないかなー。