数年間に渡る、氏の講演・レポートの内容がまとまっています。
講演・レポート各々の迫力までは伝わってきませんが、
(本として一冊にまとめるための編集により)
それらが一冊にまとまっている利点がそれを遥かに上回りお薦めです。
このお正月読んだ一番良かった本。テレビや新聞ではわからない世の中の本当がここでは語られていて目からうろこだ。今の日本に一番必要な話がここにある感じがした。JIフォーラムというところにも是非行ってみたい。天下国家を語る前に一つ一つのディテールをきちんと見つめなおすことが問われている。小説家の歴史観ではなく、事実に基づいた人間史こそ、今必要かと思った。お徳感のある3冊だった。
書店で目にとまり何気なく手にとってみたのですが、
読み始めると面白いお話ばかりで、一気に最後まで読んで
しまいました。
構想日本はもともと政策を作るシンクタンクということですが、
評論家のいうような胡散臭い言葉や、巷に溢れている「改革、改革」
というような安っぽい言葉を使わず、本書は「温故知新」をテーマに、我々の生活の根底にある、何か忘れかけていたような壮大な世界を見せてくれます。今度は、是非実際のJ.I.フォーラムの会場に出かけたいですね〜☆
第1巻は国益や外交のあり方など大所高所的の抽象的な話が中心だったのに対し、第2巻は、まちづくり、CSR、危機管理など我々のより身近にある話が中心となっており、人によってはこちらの方が取っつきやすいかもしれない。
現代に「悪人正機説」がなぜ流行るのだろう、
という問いと、そもそも「悪人正機」とは何か、
という問いを持って、本書に向かいました。
親鸞が生き、活動した時代の貧困と混沌の在り様、
悪行を選ぶか死を選ぶか、という程
ひっ迫した状況にあった多くの民が、
愚僧と自称する親鸞の信心に出会うことによって救われた事実が
本書にはつぶさに記されていて、
私は得心が出来、感銘を覚えました。
著者が試行した、親鸞における〈信〉の解体は、
ある意味では大いに成功を収められた、と言えるでしょう。
しかし、結論として、親鸞を、信心よりも思想の人とみなされたところには、多少の違和感を覚えました。
最後まで〈信〉に迫る親鸞の気迫を、感じたかった、というのは、
私の我儘でしょうか?
前半の理論的な会社の構造の解説や20世紀後半までの産業資本主義とそれ以降のポスト産業資本主義に関する考察は非常に分かりやすく、刺激的でした。ごちゃごちゃしたものを鋭い切れ味のナイフによって切っているような感覚で、気持ちがよかったです。経済学は全く勉強したことがなかったので、非常に新鮮でした。
ただ、CSRや会社の存在意義の話、後半の対談はいまいち何を言いたかったのかが分かりませんでした。(私の理解力の問題の可能性、大です。)特に、前半部最後に「会社はだれのものか」という問いに対する「基本的な答え」は「会社は社会のもの」だという答えがなぜ出てきたのかが、よく分かりませんでした。
誰かの書評で、「読んでおかなければならない本がある」とか何とか書かれていたが
まさに同感である。
ここ数年でも最も興奮と感動を覚えた本である。
高校生に対して わかりやすく、
しかも 嘘やごまかしはせず 最先端の議論を伝えたいという著者の真摯な思いが伝わる。
読み進めるに従って 明かされる 脳の秘密は、
どれも後頭部を鈍器で殴られたような衝撃があり、
読書とは、つくづく危険でアグレッシブな行為だと 痛感した。
完全に学術的に確立されていないことでも
臆せず語る姿にはサイエンティストのなんたるかを 見せられた思いである。
多少なりともサイエンスに興味がある人なら
読んでみて損はないだろう。
この本を読んで、医学を目指した、研究を始めた という人も
相当数 出るのではないか。
難をいえば タイトルが ややベタすぎるという点であろうが
広範な内容を端的に表す 他の タイトルが思いつかないのでよしとしよう。
吉本隆明の本を一度も読んだことがない自分にとって、糸井重里との共著ならとっつきやすいだろう、と考えたのがきっかけ。
吉本隆明。
思想界の巨人。
でも私は彼のことをほとんど知らない。
哲学的な語り口とイデオギーと言うイメージが重なって、あえて近づかなかったという方が正しいかもしれない。
知っていることと言えば、吉本ばななの父親。
しかし、糸井重里は吉本隆明のことを尊敬しているらしいと知ってから興味が湧いた。
もしかして自分にも理解出来るのだろうか。
そして、親鸞にも少々興味があった。
そこで手に取ったのがこの本。
しかし、書名に反して親鸞は全く関係がなかった。
あるテーマに従って、吉本隆明が語ると言う形態の本。
各テーマの最初には糸井重里の「手引き」のような文章がある。
吉本初心者にとって、おそらくこの本は「正解」だったのだろう。
なぜなら、おそらく出来るだけ平易に答えているであろう吉本隆明の言葉の内容が、文章の平易さほどには読む者には平易には伝わらないからだ。
これが糸井の手引きがない内容であれば、と考えると二の足を踏んでしまう。
やはりむつかしいぞ、吉本隆明。
もう少し修行が必要かもしれない。
資本主義のグローバル化、IT革命に金融革命。90年代より、好景気に沸くアメリカを発信地とする新しい波が押し寄せている。かたや、未だ「失われた10年」から脱出しきれていない日本は、日本的経営の長所に対する自信までをも失ってしまった。しかし、会社は株主のものでしかないというアメリカ的な株主主権論は、「ポスト産業資本主義」と呼ばれるこれからの時代、本当に「グローバル標準」としての地位を確立するのだろうか。 本書のなかで著者は、会社とは何かを根本から洗い直し、資本主義の変遷をおさらいしつつ、ポスト産業資本主義にふさわしい会社のしくみを考察している。もともとインタビュー原稿だったものを書き直したというだけに、全体を通して「ですます調」の読みやすい構成になっているのが特徴。また、論の運び方がゆったりとしており、カタカナ用語もできるだけ平易な日本語に置き換えているため、会社論と資本主義論という難解なテーマであるにもかかわらず、論旨がすんなりと頭に入ってくる。著者は、MITで経済学博士号を取得後、各国の大学の助教授や客員教授を経て、現在は東京大学経済学部教授として活躍している。『貨幣論』や『二十一世紀の資本主義論』などの著書を持つ経済学者だ。 著者は、前半のかなりの紙幅を「法人とはなにか」を説くスペースにあてている。読んで字のごとく「法の下でのヒト」である反面、株主から見れば、株式という「モノ」に過ぎない法人。この二面性がきちんと理解できれば、なぜ資本主義の変遷とともに最強と呼ばれる会社システムも変化していったのか、ポスト産業資本主義時代に求められるであろう会社システムとは何か、そして理想的な働き方とは何かについても、読者なりの回答が出せるに違いない。 今を生きる経営者やビジネスパーソンはもちろん、これから社会に出る学生にも、ぜひ読んでほしい1冊である。(朝倉真弓)